花帰葬15お題

13.約束 - colore

数日前から、珍しく黒鷹が家の中に留まっていた。
普段なら、気が付くとふらふらと出掛けていたのに、だ。こんなことは珍しい、と玄冬は感じていた。
それはこの家の同居人である花白と白梟も感じていたようだ。本人たち曰く、家族、だと言うことらしいのだが…。
まぁ、この家の中に、誰一人として血の繋がりあいのある人間などいないのだが。むしろ、人間でないものが半数を占めているのだが…。
玄冬はいぶかしむ様に黒鷹の部屋の前に立つ。
花白はつまらなそうにそれを眺めていた。どうやら花白は黒鷹が苦手なようだ。
白梟に至っては、無関心を決め込んで、優雅に紅茶を飲んでいた。
「黒鷹…」
コンコン、と控えめにノックをしてドアノブに手を掛ける。
「食事も取らないでなにをしているんだ…?」
そして開けようとすると、何故かいつも開かない。
「食事はドアの前にでも置いておいてくれたまえ」
「…野菜ばかりでもいいんだな?」
「そ…、それは困るなぁ」
そうは言いながらも、玄冬が手に持っているお盆の上に乗っているのは、柔らかいパンとスープなのだが。
「ねー、くろとー。もういこうよー」
「おや、ちびっこもいたのかい?」
ドア越しに聞こえる黒鷹の声に、花白が一瞬嫌そうな顔をする。
ちびっこと言われるのが嫌いらしい。名前を呼ばれるのもいやだというのだから、どう呼べばいいのか、理解に苦しむが。
「いたよ、悪い?」
「いやいや、そんなことはないぞー」
はっはっはー、とでも笑い出しそうな黒鷹に思わず唸ると、いつの間にか隣に立っていた白梟が玄冬の手からお盆を取り上げた。
ん? と顔を上げると、白梟はにっこりと笑った。
「花白を頼みますね?」
「あ、ああ…」
花白はその言葉を聞くと、嬉しそうに駆け寄って俺の腕を強引に引っ張って家から飛び出した。
玄冬もなんだかんだと言って、白梟が苦手らしい。


「で、一体なにをしているんですか?」
白梟はお盆を手に持って、黒鷹の部屋の中に入った。
黒鷹が張った結界など、白梟には向こうだったらしい。黒鷹は苦笑を浮かべるだけだった。
床に散らばっているのは、白梟から見てもなんだか分からない、異様な物体だった。
赤やら青やらの絵の具と、大きな紙が散らばっている。良く見ると、目のようなものが描かれていたり、うろこのようなものが見えなくも無いのだが。
「…これはなんですか?」
「鯉だよ。見て分からないかい?」
「ええ、分かるはずがありませんね」
キパリと白梟が言うと、黒鷹は首をひねった。
「こいのぼりと言って、男の子供がいる家は上げるそうなんだよ」
「…玄冬のためですか」
「いや、ちびっこのためでもあるよ」
「理解できません」
ため息を付く白梟に、黒鷹は頷いた。それが余計に白梟呆れさせたのだが。
「まったく、人間の行う習慣と言うものは不思議なものばかりだね」
「えぇ、それは確かに…」
元々が鳥の二人には理解は出来ないことだろう。
「で、それがそうなんですか…」
「そうだよ」
「…あなたに芸術的センスは無いようですね」
「そうかな? なかなかいい出来だと思うのだけれど…」
そればかりは二人の意見は一致しないようだった。
白梟は諦めたようにため息を付いて、玄冬の用意した料理を机の上に置くと、部屋を出て行った。
思ったのは、きっとあんなものを家の前に上げられたら迷惑だ、と言うことだろう。いや、迷惑と言うよりは、恥ずかしい、と言ったほうが正確だろうか…。


夕方過ぎくらいに家に戻ってきた花白と玄冬が、手に何か持っていた。
持っていたのは、麻袋とタッパーだろうか…。タッパーの中身は黒っぽいのだが…。
「ただいまー」
「ただいま」
「おかえりなさい、二人とも」
元気良く入ってくる花白に白梟が微笑みかけながら、洗面所に誘導する。その後ろを玄冬が付いていくと、まるで本当に家族のように見えなくも無い。
「黒鷹は?」
「ちゃんと食べたようですよ?」
「そうか…」
空の食器が廊下においてあったそうだ。白梟がそれを片付けてくれたらしい。
それも珍しいことだ。
「くろとー、今日のご飯は?」
「シチューだ」
野菜たっぷりの、な。とは付け加えないが、玄冬はどうにかして野菜嫌いの花白と黒鷹に食べさせようと悪戦苦闘している。
人参はすり潰してしまえば、避けようも無いのだから、きっと今日は諦めて食うだろう、と玄冬は踏んでいた。
「てつだ…」
「ダメだ」
「えー」
「余計な仕事が増える」
「花白、今日はなにをしていたんですか?」
ここら辺は白梟にもわかっているらしい。つまりは、花白と台所との相性が最悪だと言うことが。
話をそらせながら、白梟はさり気なく自分の部屋に花白を連れて行く。
嬉しそうに付いていく花白に、ほんの少しだけ嫌な気がしたのは、きっと気のせいだろう、と玄冬は思い、台所に向かった。


数日して、家の前に不気味な物体が上がった。
黒鷹曰く、こいのぼりらしい…。
それを見た玄冬が、深いため息と共に黒鷹の部屋まで行くと、物凄い勢いで怒りながらも、最後には礼を言ったらしい。
「…ありがとうな、黒鷹」
「礼には及ばないよ、我が息子よ」
鯉はちゃんと四匹、不恰好ながらも空を泳いでいた。
一番上はお父さん。
二番目はお母さん。
三番目に長男。
そして最後は末っ子なのだそうだ。
玄冬はそれを眩しそうに見上げながら、台所に向かう。
その後ろを、いつものように黒鷹が追いかけた。
少し遅れておきてきた花白の前には、テーブルに置かれた柏餅と、チマキ。
嬉しそうに目を輝かせる花白を、白梟が微笑みを浮べて眺めていた。
黒鷹もどこか満足げにそれを眺めている。
だが、その後に再び落ちる雷には、全く気が付いていなかった。


「黒鷹っ!! あれほど片付けはちゃんとしろと言っただろうがっ!!」