花帰葬15お題

12.過去 - 視線の距離

夏。眩く太陽が照りつけるこの季節を、花白は初めて体験した。
何をしているわけでもないのに、体力が削り取られていく気がして、花白はぐでーと、机に突っ伏した。
「そんな格好で疲れないか?」
暫く机とお見合いをしていたら、外で畑仕事をしていたはずの玄冬が戻ってきた。
麦藁帽子を脱いで、タオルで顔を拭くその姿を、じー、と見つめる。
動きやすいような格好。まぁ、悪くは無いけど…。
「なーんか変」
「は?」
「玄冬が玄冬じゃない」
「はぁ?」
ますます訳が分からない、と言った感じに玄冬が眉を潜めた。
玄冬がそうなるのも仕方が無いことだろう。言ってる花白ですら、意味不明だと感じたのだから。
シャツに、薄手のズボン。肩にはタオル。
確かに、農作業をするのにはいいだろうが…。
毎日外で畑仕事をしている玄冬はいつの間にか、日に焼けていた。
似合わないわけではないけれど…。
「やっぱり変!!」
「花白…。暑さでやられたのか?」
「違う違う」
失礼な物言いだ、と花白が頬を膨らませた。
こうしているだけでも汗が出る。
幸い、この家は風通しはよいので、涼しい風も吹き抜けてはいくのだが…。
「…疲れてるなら寝るか?」
「こんなに暑いのに、寝られるわけ無いでしょ」
「…あぁ。そうか…」
ふと、納得がいったというような顔をした玄冬が、花白の前に腰掛けた。
首だけを持ち上げて、花白が玄冬を見る。
あーあ、真っ黒に焼けてる、なんて事を花白が思ってるとは露知らず…。
「川にでも行くか?」
「なんで?」
「川遊びに、だうろ」
「何、それ」
花白がそういうと、沈黙が訪れた。
玄冬は困ったように天井を見上げる。
「…知らない、のか?」
「知らない。だって僕、ずーっと王宮にいたってこと、忘れてない?」
子供のころに白梟に引き取られていらい、子供らしい遊び一つしたことが無い。まして…。
「それに、僕が物心ついたころには、もう川なんて凍ってたんだけど?」
冬があけたのはつい最近。
花白にとって、ちゃんとした夏は、今年が始めてなのだ。
玄冬が生まれれば、世界は徐々に冬に閉ざされる。それはゆっくりと、年月をかけて。
そしていつの間にか、雪が止まなくなっていた。
タイムリミットはもうすぐ、というところで逃げ出したのは花白。
そして、今――。
「そう、か」
「そうだよ」
「…それなら、行くか」
「は?」
「川遊びに、だ」
玄冬は花白とは全く違っていた。
黒鷹の育て方のおかげだろう。なんだかんだといって、子供のころは川で遊んだりもした。
まぁ、一緒に行った黒鷹が何かと面倒を起こしたりもするのだが…。それは玄冬にとってはいい思い出の一つだ。
「何するの…」
「そうだな…。泳ぐとか、釣りとか…」
「泳ぐ…? 僕、できないんだけど」
「いい、教える」
「…じゃ、行く」
「あぁ」
そう言って立ち上がった花白が、自分の部屋にかけて行く。
その後ろ姿を見ながら、まったく、素直じゃない、と玄冬は思いながら、その背を見送る。
泳ぎも、釣りも、花白が知らないというのなら、教えてやればいいのだ。…まぁ、花白の性格的に、釣りは無理だろうが…。
太陽は中天を僅かに過ぎ、どうせなら外で昼食を取ればいいな、と玄冬は思い、簡単にサンドイッチを作った。
「お待たせ、玄冬」
「あぁ、行くか」
「うん」
左手にバケットを持つと、空いている手に花白が指を絡めてきた。
見下ろせば、花白が嬉しそうに笑っていた。
今はまだ、見下ろさなければならない位置にある花白の視線は、いつかは並ぶときが来るのだろうか。
夏の日差しの下で、花白が笑う。
見られるはずがないと、そう信じていた光景。
花白もまた、そんな日常を嬉しく思っているのだ。
いつまでも、いつまでも続く。
こんな日常が、2人にとってはとてつもなく喜ばしく、そして愛しい物なのだから。
絡めた指に、自然と力がこもる。
この手をもう、二度と放さない、と誓いを込めるかのように。