花帰葬15お題

15.花 - garofano

5月9日、それが何の意味を持つのかを花白が知ったのは、つい先日のことだった。
玄冬との会話の中何気なく触れた話題が、何故か花白の頭を離れなかった。
(別に白梟を母親だって思ってはないけどさ…)
言い訳じみた考えに、花白は一瞬顔をしかめた。
白梟が花白を育てるのは、それが使命だからだ。―黒鷹が玄冬を守護するのと変わらない理由から。
彩国の王宮に与えられた部屋の中で、花白はむすり、と不機嫌そうな顔をする。
白梟は国王に頼まれ、占いをしている最中だ。今なら城を抜け出しても気付かれないだろうか、と言う考えが花白の脳裏をかすめた。
決断してしまえば、花白の行動は恐ろしく早い。
必要以上に与えられる、使い道も分からなかった金を服のポケットに突っ込むと、いつも持ち歩いている剣を腰に差し、部屋を飛び出した。
誰かが花白を監視している、と言う訳ではないが、とにかく彼は目立つ。
見咎められれば、口うるさい奴もいるから、自然とその足は早くなる。
そして花白は、無事王宮からの脱出を果たしていた。


街外れにある小さな花屋の前で、花白はまるで檻の中の猛獣のようにうろうろとしていた。
もしもその光景を黒鷹が見ていたなら、確実にからかっていただろうと分かるほどの、挙動不審ぶりだ。
店員も不審そうに花白を見ていることに気が付いて、ようやく花白は店内へと入って行った。


ここでもやはり、花白はただの不審者にしか見えなかった。
王宮の、白梟の部屋の前。衛兵か不思議そうに花白を見ていた。
手には赤い花を持ってるせいもあるのだろう。
「花白さま…?」
「うろさい、黙れ」
「す、すみませんっ!!」
ビクッ! と震える衛兵に、花白は見向きもしない。が、そこに通りかかった影には顔をしかめた。
「…なにをしてるんだ、花白」
「…あんたこそ、なに?」
「オレは白梟殿に用があって来たんだ」
花白の目の前に立っているのは、第三兵団の隊長、銀朱だった。
「そ…」
花白は目を眇めると、手に持っていたものを銀朱に見られないようにそっと隠すと、その場を立ち去ろうとして、結局は銀朱に見咎められた。
「おい、お前。なにを持っているんだ…?」
「はぁ? アンタ、目が腐ってんじゃないの?」
「貴様…。言うに事欠いて、目が腐ってるだと?」
「あれ、違った?」
花白が真顔で言うと、銀朱は剣に手を掛けた。
一瞬で険悪な雰囲気になる。
「へぇー、僕に勝てるとでも思ってるの?」
にやにやと笑う花白。カッ、と銀朱が顔を赤くした。
「ま、まぁ、落ち着いてくださいよ、銀朱殿」
「ここで騒ぎは…」
慌てたのは、衛兵の方だった。銀朱を二人がかりで取り押さえるのを見て、花白は踵を返した。
と、その時になってようやく、白梟の部屋の扉が開いた。
「何の騒ぎですか…」
出てきたのはもちろん白梟だ。
相変わらずの、微笑を浮べたまま、一同を見回して、嘆息した。
「花白、どうかしたのですか?」
「別に…」
「そうですか。銀朱殿…」
「はっ」
白梟に声を掛けられ、取り押さえられたままの体勢で、それでも頭をたれた。
衛兵たちも慌てて銀朱から手を放し、その場に跪く。そこに立っているのは、白梟と花白だけになった。
「話があるのでしたね。どうぞこちらに…」
白梟が微笑みを浮べながら、軽く身を引いて部屋の中に銀朱を招く。そしてパタン、と閉じられる扉。
花白はため息を付きながら、その場を後にした。
「あーあ、なにやってんだろうな、僕は」
回廊の窓から空を見上げて、呟くように花白は言った。
手に持った、一輪のカーネーション。それを花白は窓から投げ捨てた。
(別に好きじゃないんだ、あの人の事。これはただの気まぐれなんだし…)
ひらひらと落ちる赤い花を眺め、それが池に落ちるのを見守ると、花白は王宮を抜けるためにまた、歩き出した。
向かう先は一つしかない。
いつか殺さなければならなくなる、大切な人の所へ。


またいなくなったと言う花白を連れ戻すために回廊を歩いていた白梟が、池に浮かぶ赤い花を見つけ、足を止めた。
赤いカーネーション。フィルムでラッピングされたそれを手に取ると、後ろを歩いていた衛兵が口を挟んだ。
「それ、花白さまが持っていたものですよ」
「花白が?」
「はい、先ほど、それをもって白梟殿の部屋の前におられましたから」
「そうですか…」
なんでしょうね、これは。と白梟が呟いた。が、それを大事そうに両手で持っていた。
心なしか表情が柔らかい。
「今日が母の日だから、ですかね」
「母の日…?」
「母親にカーネーションを贈るそうですよ」
「そうですか…。あとは私一人で探しますから、あなたは戻っていいですよ」
「はっ」
衛兵はくるりとその場で踵を返して、戻ってゆく。
白梟はそのまま花白の元までとんだ。
大切そうに花を抱く白梟を見て、花白が顔を赤らめたのは言うまでもないことだろう。