花帰葬15お題

11.差 - 春を纏うもの

「ぎんしゅー、あそばー」
執務室の扉を開けて入ってきたのは、春色の少年だった。
白いコートを羽織った少年は、そのまま銀朱の元まで駆け寄ると、じー、とその顔を見上げた。
「ぎんしゅ?」
「剣の稽古は終わったのか?」
「おわったよー」
にこにこと笑う少年の姿を、ちょうど書類を渡しに来た文官が微笑ましげに見ているのに気がついた銀朱が、ギロリと睨んだ。
文官は苦笑しながら退出をしようとして、ふと立ち止まった。
「隊長、その書類が終わったら暫く休憩したらどうですか?」
「ぎんしゅ、いそがしかった?」
「……」
きょとん、と銀朱と文官を交互に見上げる花白の姿に、ますます文官は笑みを深くしたが、そろそろ退出しないと辞書でも飛んできそうな気配がして、慌てて部屋を出て行った。
廊下で一つ、ため息をつく文官。
「まったく、あんなに睨まなくてもいいのになぁ」
来るときよりも量の増えた書類に目を落としながら、ぼそりと呟いた。
「暫く誰も隊長の所に行かないように、伝えておきますか…」
そうして歩き出す文官のことを、銀朱たちは知らないのだが…。
部屋の中では、花白が大人しく待っていようとソファに座って、本を読んでいた。
読んでいる本は、普通の絵本なのだが…。
ここに来ては暇そうにしている花白を見て、何人かの人間が、子供や孫に読ませていた古い童話や絵本をここにいて行ったのだ。
そんな本が気がつけば、部屋の一角に小さな本棚を作らなければならないほどになっていた。
「全く、この部屋をなんだと思っているんだ…」
書類に目を走らせながら、銀朱はぼやくように言う。
そんな銀朱の独り言には慣れっこになってしまっている花白は、特に気にする風も無く絵本を静かに読んでいる。もっとも、花白は内心では、やっぱり邪魔だったのかなぁ、とハラハラしているのだが。
以前、一度だけ花白がそう聞いたら、銀朱は慌ててそうではないのだと、弁解をした。
その言葉を花白は信じているのだ。
そんな花白が銀朱のところに入り浸るのを、彼の保護者代わりの白梟はあまり快くは思っていない。
だからと言って、出入りを禁止する様子も無いのだが、それとなく行かないようには仕向けているのだった。
今日も今日とて、銀朱の元に行こうとした花白に、白梟は穏やかな表情を浮かべて言ったのだ。

『銀朱殿のお仕事に邪魔になりますよ、花白』

そう言われて、花白は一瞬、悲しそうな顔をした。
そんな花白の表情を見て、白梟はいつも微かな罪悪感を感じているのだが、そんな様子を見せることは無い。

『あまり迷惑を掛けてはいけませんよ』

結局、白梟の口から零れる言葉は、最後にはこうなってしまうのだった。
そして花白は嬉しそうに、元気に頷くのだった。


最後の書類にサインをして、銀朱はようやく顔を上げた。
流石に何十枚もある書類の全てに目を通す、と言う作業に疲れを感じて、椅子に座ったまま背伸びをした。
凝り固まった背筋が、バキバキと音を立てる。
開け放した窓から、冷気を含んだ風が流れこむのを頬に感じる。
「花白…?」
ふと、普段なら銀朱が仕事が終わると同時に、駆け寄ってくる花白が来ないことに気が付いた銀朱が、彼の方を見た。
良く見れば、花白は本を抱えたまま、すぅすぅと寝息を立てていた。
「花白、起きろ」
銀朱は苦笑を浮かべながら、花白の身体を軽くゆするが、彼はその手をきゅっ、と握って、どこか安心したような表情を浮かべて笑った。
そんな花白の姿をみて、流石に起こすのは可哀想だと思えた。ここに来るまで、花白は剣の稽古をしていたのだ。
まだまだ幼い花白に、白梟は容赦が無いらしく、ここにいる間は平気そうにしてはいても、疲れているのは分かる。
「まあ、仕事も終わったことだし…な」
誰に言うでも無く呟くと、銀朱は花白の横に腰を下ろした。
柔らかな桃色の髪を撫でながら、いつの間にか、銀朱も花白の横で安らかな寝息を立てていた。


「隊長、書類を…」
文官がノックとともに入室すると、ソファに並んで眠る二人の姿。しかも、良く見れば手を握り合っているではないか。
そんな様子に笑みを浮かべると、文官は窓を閉めて、二人に薄手の毛布を掛けてやる。
「仲が宜しいようで…」
そして机の上に置かれた書類を手に取ると、文官は退室するのであった。
無論、もう暫く銀朱の元に他の者が近寄らないように言い含めるのは忘れずに。


少し涼しい風が、回廊を渡る。