長い冬がようやく明けて、雪が溶け、ほんの少し遅い春が来た。
「ねぇ、玄冬〜」
千の国の外れに位置する、誰も知らない管理者の塔の跡地の近く。
そこに一軒の小屋が立てられていた。
小さな小屋には、玄冬と花白が暮らしている。
群の国にある玄冬の家に帰ることも彩の国に行くことも許されない。
どうやら二人は死んだことになっているらしいのだから。
「なんだ?」
机にのぺー、と垂れていた花白に振り返る玄冬。手にはトンカチが握られている。
「何作ってんの?」
「お前の壊した鶏小屋の戸だ」
「う…」
振り返りもせずに答えた玄冬に、花白はうっ、と詰まった。
鶏に餌をやるだけのはずが、何故か鶏と格闘になり、結果として扉が大破した。
まぁ、だからと言って、鶏が逃げることもないから、急いで作る必要もないのだが。
「ごめん…」
「次から気をつければいい。…ここで待ってろよ?」
「え、なんで?」
扉となる板を持って立ち上がる玄冬の後を、花白は当然のように追いかけようとして、本人に止められた。
一時でも長く一緒にいたいと思っているのだから、花白は不満げな顔をしている。
「これをつけるだけだからな」
「手伝うよ?」
一人でするより、二人でした方が効率はよいだろう。
だが、玄冬は首を横に振った。
「これ以上余計な作業を増やしたくないからな」
「何ソレ。ひっどいなー」
ぷくー、と頬を膨らませる花白。
「台所の机の上に寒天と黒蜜があるから、食べてていいぞ」
「それって、子ども扱いしてない?」
僕、もう17なんだけど、と不満そうな花白は、首筋に手をやりながらじろり、と玄冬を睨んだ。
玄冬はため息を一つ付くと、まだまだ子供だろ、と言った。
「そうゆうこと言うんだ…」
「…なんだ?」
「ぜーったいに玄冬より大きくなって、そんなこと言わせないようにしてあげるからね」
「……」
にっこりと笑う花白に気圧されて、玄冬は押し黙ったが、すぐに表情を改めて、部屋から出て行く。
いや、逃げた、というべきかもしれない。
「ね、玄冬」
「今度はなんだ…」
その後ろをまるで仔犬のように付いて行く花白が、彼の服の裾を掴んで呼び止める。
「見てるだけならいい…?」
「…あぁ、それで面白いなら、な」
「ありがとう、玄冬」
ため息一つ、玄冬がまた零す。
嬉しそうに笑う花白には勝てない。いや、もともと花白には勝てないのだが…。
「邪魔だけはするなよ…?」
だから玄冬はそう付け加えていた。
花白が玄冬の後をゆっくりと追いかける。
もう急ぐ必要は無いのだから。
柔らかな風が木の葉を揺らす。
桜はもう、その花弁を散らしていた。それは春の証拠なのだろう。
この世界にもう、「玄冬」も「救世主」も存在しない。
季節は何時までも廻る。