花帰葬15お題

03.対となる存在 - 形見

ベッドに座って本を読んでいた玄冬の隣に、花白がごろりと横になる。
ランプの灯りが柔らかく二人を照らしていた。
外からは、鳥や虫の鳴き声。木々のざわめき。
月明かりの元に見える景色は、豊かに葉を茂らせる森。雪の姿はすっかりと見えなくなっていた。
「平和だねー」
「なんだ、突然」
ぽつりと呟いた花白の言葉に、玄冬は怪訝そうに振り返った。
花白は嬉しそうに笑いながら、手のひらに顎を乗せて、玄冬を見上げていた。
「だって、こうしてのんびりしていられるなんて、今迄なかったし」
「そうか?」
「そうだよ。ずっと逃げてたんだし」
世界のために、玄冬を殺すように命じられていた花白。
だが、花白は玄冬が好きだった。だから逃げ出したのだ。玄冬を連れて。
人が人を殺しすぎれば、玄冬が生まれ、世界は雪に閉ざされる。そう仕組まれた世界。
世界が春を取り戻すためには、玄冬が死ななければならない。
だが、玄冬は救世主にか殺せない。病気もしなければ、怪我もしない。しても、すぐに直ってしまうのだ。たとえ首を切ってもだ。
その救世主は花白だった。
「自業自得だろう」
「あ、まだそんなこと言うんだ。死ななくてよかった、って思ってるくせに」
「そうだな。だが、逃げ出したのはお前だろう」
玄冬は優しかった。
世界のために自分を犠牲にしてもいいと思うくらい。優しくて、そして世界の事を誰よりも好きだった。
だから、自分を殺さない花白に戸惑った。けれど、今はそうでは無い。
共に生きたいと願い、それが叶った。
大切な人と引き換えに。
「だからって、自分で首切るなんて、酷いよね。僕がショックで死んだら、どうしてくれるの?」
「死ななかっただろ、二人とも」
「そりゃあ、あんなところに玄冬を置いて逝けないよ」
花白は多少、ほかの人間よりは強いが、死なないわけではないのだ。
花白が死ねば、玄冬はもう誰にも殺すことは出来ない。
「わるかったな、花白」
ぽん、と髪を撫でられて、一瞬花白が驚いた。そして照れたように顔を逸らすと、ぽつりと、もうしないでよ、と呟いた。
玄冬がそれに苦笑で答えると、花白は興味深そうに玄冬の読んでいる本を覗き込む。
文章ばかりの本で、すぐに顔をしかめた。しかも手書きである。
「何、それ」
「黒鷹のものらしい」
「バカトリの?」
意外そうに目を丸くする花白。まぁ、玄冬自身、最初に見たときには驚いたのだが。
今開いていたページに栞を挟むと、玄冬は表紙を花白に見せた。
「日記?」
「そうらしい。といっても、俺たちが生まれる前の物みたいだが」
「なんか意外」
「そうだな。白梟のことも書いてある」
パラパラとページを捲って、それを花白に見せたが、彼は興味がなさそうに、それを返した。
「一応、バカトリの形見なんだ」
「あぁ、そうなるな」
「燃やしちゃおうか」
「おい…」
「あはは。冗談だよ」
笑いながらも、一瞬、花白の目は真剣だった。止めなければ、確実に明日の朝には、暖炉に投げ込まれていたであろう。
「白梟も何か残していないのか?」
「さぁ、どうだろう。あるかもしれないけど、見たく無いね」
「どうしてだ?」
「あんまりいい事が書いてなさそう」
苦笑する花白に、玄冬は納得した。
確かに、花白に関してなどは全く、いい事は書いていないだろう。いや、見なければ分からないが…。
一途過ぎて、どこかがおかしくなってしまった。可哀想だと言えなくも無いが。
玄冬は日記を机の上に置くと、花白の横に座った。
「寝るぞ」
「一緒に寝ていいの?」
「馬鹿を言うな」
「ちぇっ」
花白を抱き上げると、彼のベッドの上に運び、灯りを消すと、玄冬はとっとと寝てしまった。
つまらなそうに、何度か玄冬を呼ぶ花白も、諦めて眠りに落ちる。
窓の外には、白い梟と、黒い鷹の姿。
夜が更けてゆく。