花帰葬15お題

04.与えられた力 - 罪

僕が人を殺すことは、よい事なのだと、その人は言った。
育ての親と呼ぶべきなのだろうか。預言者として、この彩の国で確かな権力を持つその人。
白梟、と言う。人ではなく、その名前の通りに、白い梟の姿を取ることの出来る人。
ぱっと見、とても綺麗な女性に見えるが、その実、目的のためなら手段を選ばない、残忍さも持っている。
僕に剣を教えたのはこの人だ。
たった一人の人間を殺すためだけに。そのために、沢山の罪人を殺させる。
「花白、殺しなさい」
そう言われたら、逆らえない。逆らうことが怖いから。
けれど、僕は人を殺すことも怖かった。
この世界は、人が人を殺しすぎると「玄冬」が生まれ、やがて止まぬ雪に閉ざされ、世界は終わりを迎えるのだといわれている。
過去に玄冬が生まれたのは、たったの一度だと、白梟は言った。
その時の「救世主」は何の迷いも無く、「玄冬」を殺せたのだろうか…。





群国の山奥にある、小さな村。さらにその奥に、花白は向かっていた。
すでに人里離れてはいるが、だからといって、人が歩けないような道ではない。毎日、ここを通る人間がいるからだ。
目の前に見えた小さな小屋。見つけたのは偶然では無い。
ここに、「彼」がいるのだと、白梟から聞きだしたのは、もう随分前のような気がしていた。
「くーろーと」
庭の野菜畑で、雑草を抜いていた玄冬に、花白は背後から飛びついた。
花白よりもしっかりとした体つきをしている玄冬は、どうにか体勢を維持すると、はぁ〜、とため息を付いた。
「また来たのか、花白」
「あれ、駄目だった?」
「そうじゃないが」
「何してるの?」
お互いが何者なのか、知っている。玄冬が、殺されることを望んでいることを、花白は知っていた。
けれど、それが出来ない。「玄冬」が玄冬だったから。
「玄冬」が世界を滅ぼす魔王だとか、そんな伝説があるけれど、こんなに優しい人間が、世界のために死ななければならないのがおかしいと、花白はそう思っていたから。
「畑の手入れだ」
今もこうして、土いじりなんかをしているくらい。
動物にも好かれてる。
村の人にだって。
「花白、重い」
「うん」
「退いてくれ」
「やだ」
「花白…」
ぎゅ、と首に腕を回すと、不意に花白の身体が持ち上がった。
「こらこらちびっ子。玄冬が迷惑をしているだろう?」
「なんだ、バカトリ。いたんだ」
「ここは我が家でもあるからね」
猫か何かのように、花白を持ち上げているのは、黒鷹。
ニヤニヤと金色の目を細める黒鷹に、花白は容赦なく蹴りを入れるが、それは難なく交わされた。
「はっはっはっ!! 届かないぞ、ちびっ子」
「むー、ムカつくー!!」
余裕の笑みを浮かべる黒鷹に、花白は暴れるが、リーチの差から、どうにも不利だった。
そして切れた花白が、とっさに剣に手を掛けようとすると、
「それくらいにしておけ。煩い」
玄冬がギロリと睨んで、二人を諌める。
何故だか玄冬には、二人揃って逆らえないでいた。
黒鷹が仕方なさそうに花白を下ろした瞬間、思いっきり足を踏まれて、顔をしかめた。
「ちびっ子…」
「ちびっ子って言うな、バカトリっ!!」
「ふむ、だが君は小さい」
まじまじと見下ろす黒鷹はニヤニヤと笑いながら、花白の頭に手を置いた。
それを乱暴に振り払うと、さっさとい家の中に戻ってしまった玄冬を追いかけて、花白は駆け出した。
その後姿を、黒鷹はおかしそうに眺める。
「今回は、私の勝ちのようだね、白梟」
そう呟く黒鷹は、どこか寂しげな表情を浮かべたが、すぐにいつもの、軽薄な表情に戻ったのだった。