花帰葬15お題

01.空からの使者 - 花弁

玄冬が死んで、この世界はようやく春を迎えた。
長い長い冬。降り積もった雪は溶けて、人々の顔に安堵の表情が浮かぶ。そして、僕に感謝する。
けど、そんなものはいらない。
戦争は未だに続いている。
こうして、また無意味に人が死んで、いつかまた、玄冬が生まれる。
それが嫌じゃない。
そうすればまた、玄冬に出会えるから。今度こそ、守れたらいいのに…。
王宮の廊下を歩きながら、僕はそんなことを考えていた。
管理者の塔で、僕は玄冬を殺して、白梟に連れられて、またここに戻ってきた。
あの時、白梟は「厳しくしすぎた」って言ってた。だから、今は昔に比べて優しくなったとは思う。けど、うわべだけだ。
こうして歩く王宮の中で、僕の味方は誰もいない。
誰も僕を見てくれない。「救世主」としてしか見ない。
もう、僕は救世主でもないのに…。
「玄冬…」
呟く。
ほんの少し前まで、ずっと隣にいたのに。
どうして守れなかったんだろう。
どこで僕は間違えたんだろう。
いつの間にかあのバカトリもいなくなってた。
いっそ僕も死んでしまうか…。
玄冬のいない世界で、無為に過ごすのは馬鹿らしい。
「はぁ…」
雪みたいな桜の花弁が、煩いくらいにパラパラと降る。
今までずっと、この花が嫌いだったけど、もっと嫌いそうだよ…。
「そんなに睨むものではないよ、ちびっこ」
「っ!? バカトリ!!」
それは紛れも無い、玄冬の鳥の声だった。
振り返った先には、いつものあのも飄々とした顔で僕を見下ろしていた。
「何しにきたの、こんなところに」
すらり、と剣を抜くと、黒鷹は慌てて飛びのいた。
「ノンノン、いきなり抜刀とは危ないなぁ、ちびっこは」
「殺されたいの…?」
すっ、と目を眇めると、黒鷹は苦笑を浮かべた。
「機嫌が悪いようだね」
「当たり前だろ」
「八つ当たりは良くないなぁ」
「なら帰れよ」
「うむ、それも悪くないね」
静かに、唸るように言えば、バカトリは名案だとばかりに頷いた。
結局、みんな僕を置いていく。
「…そんな顔をするものではないよ、花白」
「えっ…」
黒鷹はいきなり僕に近づくと、剣を奪って、そして髪を撫でた。
ぽんぽん、とそれはまるで子供にするように。
「君はここにいるべきでは無いのかもしれないな」
「…なんのことだよ…」
「一緒に行くかい?」
「はぁ?」
こいつは一体なにを言ってるんだ?
黒の鳥が救世主の僕に、そんなことを言うの?
「君はもう、ただの子供だ。誰も困らないだろう?」
「…」
「それに、今にも死にそうな顔をしていたら、玄冬が悲しむよ」
「…うるさい」
なんだよ、こいつ…。
なんで黒の鳥なのに…。
バカトリは僕の髪を撫でながら、優しく言葉を続けた。
だけど、すぐに言葉を噤んだ。遠くから複数の足音が聞こえたからだ。
「花白を放せ、黒鷹っ!」
それは銀主の声だった。
「はっはっはっ、ちびっこはここにはいたくないそうだよ、若輩君」
「キサマッ!!」
抜剣する音がいくつも聞こえた。
そして、その音に混じって、白梟の静かな足音も。
「なんのつもりですか、黒鷹」
「おやおや、あなたが出てくるとは思わなかったよ、白梟」
「花白を殺すつもりですか?」
訝しむ声。白梟にも、黒鷹の真意が読めないのだろう。
僕は相変わらず黒鷹に抱きかかえられたままだった。
力を失ったから、もう僕は普通の子供程度の力しかなくて、この腕を振り払うことは出来なかった。
おそらく、簡単に殺せるだろう。
「物騒だなぁ。そんな真似はしないよ」
「なら…」
「だが、ちびっこは貰っていくよ」
「なっ!!」
驚く白梟が、慌てて銀朱にバカトリの捕縛を命じたが、こいつは高笑いしながら空間転移をした。


僕の元に白い鳥が訪れた。
救世主の使命を告げるために。
そして救世主では無くなった僕の元に、今度は黒い鳥が訪れた。
世界を終わらせるための鳥が。