花帰葬15お題

06.滅び - bianco

――何処までも

  何処までも
 
  降り続け

  世界を白く

  白く染め上げて

  この歪んだ世界を

  終わらせてしまえばいい――


吐く息が凍る。
民家のあった形跡。けれど、そこも雪に埋もれていた。
きっと中には、眠るように死んでいる人間がいるだろう。
僕たちはその上に立っていた。
「ホントに誰もいないね」
「そうだな…」
これが僕たちの選んだ結末。
玄冬は未だに、ふとした瞬間に顔をゆがめる。けれど、すぐにその表情は殺されて、いつものポーカーフェイスになる。
だから気が付きにくいけど、やっぱり玄冬はこの結末に、心を痛めていた。
「凄いね、こんなに積もるなんて」
「あぁ、圧巻だな」
「雪って物凄く重いんだよね」
中で潰れちゃってるのかな…?
それじゃあ、これも純白とはいえないのだろうか…。
「どうだろうな」
玄冬は気のない風に応えた。
最近、玄冬は特に口数が減った。
誰よりも世界が好きだったから。だから玄冬は悲しいんだろうか。
こんな世界、と思っても、玄冬が大事にしたいなら、と花白は悩んだりもした。けど、だからと言って玄冬を殺すとは出来なかった。
別の方法も見付からなかったけれど…。
もうこの世界に、白の鳥も黒の鳥もいない。もしかしたら、人間だってもういない。
こうしていろんなところに行ったけど、やはりどこもこんな感じだった。
地図を頼りに、玄冬と二人で歩く。目印もないから、もしかしたら方向を間違えたのかもしれないけれど。
「この世界に二人っきりなんだ、僕たち」
ホントの意味で。
動物だって、植物だって、全て死んだ。
草木が凍って、もう、僕も長くはないかもしれない、と思い始めた。
僕は死ねるから。
でも、僕が死んだら、玄冬は一人、この白い世界に…。
「そう、だな…。最後か…」
ぽつり、と玄冬が呟いた。
誰よりも自分が死なないことを知っているからこそ。僕が先に死んでしまうことがわかっているからこそ、玄冬は僕に聞こえないように呟いたつもりなのだろう。
でも、この何もない世界で、音は僕たちの生きる音と、雪の降る音だけだから、声は思った以上に響くんだ。
「寒いな…」
「うん」
玄冬が僕を抱き寄せる。
服が凍っていて、冷たかった。けど、僕はそのままでいた。
この世界に玄冬を奪われてしまうんだと、感じていた。
「そろそろ行くか…。それとも休むか…?」
「ううん、行こう?」
「もう、急ぐ必要はないのだろ?」
「それでもだよ」
眠ってしまったら、もう僕は二度と目覚めないんじゃないかって、そんな予感があったから。
それなら少しでも長く、玄冬の傍にいたかった。
まだ何かあるはずなんだ。
玄冬を世界に取られない方法が。いや、それは簡単なこと。
僕がずっと嫌がっていた方法を使えば良いだけだ。
「そうか…。次はどこに行くんだ?」
「さあ、どこに行こう…。あ、玄冬の家に帰らない?」
どうせならあそこで死にたい。
もう雪で埋まってるのはわかってるけど、それでもあの、居心地の良かった場所で。
「遠いな…」
「そうだった? でも良いじゃん。時間はまだまだあるんだから」
せめてあの場所に帰り着くまで、僕の時間が止まらないで欲しい。
少しでも長く、玄冬といられるように…。
もう長くはないけれど…。


雪がいつまでも降り続く。
これが僕たちの選んだ未来。結末。
世界はこのまま、白に閉ざされる。
赤い赤い、この血の色も、いつか雪に溶けて消える。


「玄冬、ごめんね」


やっぱり、君を一人残しては逝けないから。
この血に濡れた剣も、服も、僕自身も、全て雪に包まれて、いつかは浄化されるだろうか…。
玄冬は暖かな血を腹部から流しながら、穏やかな顔で眠っていた。
玄冬の家とごろか、郡国にも辿り着いていないような場所で、君を殺した。
もう、僕の時間も止まりそうだったから。


「ねぇ、今回だけは、隣で眠ってもいいよね?」


ずっと一緒に…。
赤い赤い花が咲く。
まだ温もりの残る、玄冬の大きな手に指を絡めて、僕は目を閉じた。